大判例

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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)4552号 判決

原告

曙商事株式会社

右代表者

丸山美好

右訴訟代理人

多田武

外一名

被告

銘苅全興

右訴訟代理人

阿波根昌秀

被告

宮城永吉

右訴訟代理人

大田政作

主文

一  被告らは各自原告に対し、金一、二九七万七、二〇五円及びこれに対する昭和五三年五月二一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一まず、原告と被告両名との間に本件売買契約が成立したかどうかについて判断する。

1  右の点に関し、原告の主張に添う直接の証拠として甲第一号証(誓約書)及び同第二号証(受領書)が存在するところ、被告銘苅はその成立を認めて争わないが、被告宮城においてこれを争つているので、以下、被告宮城に対する関係で甲第一、二号証の成立の真否について検討する。

〈証拠〉を総合すると、甲第一、二号証が作成された経緯は次のとおりであることが認められる。

(一)  原告は、東京都内に本店を置き海産物等の食品の卸売を業とする株式会社であるが、原告会社の代表取締役丸山美好(以下、単に丸山という。)は、取引先の訴外南海通商株式会社(以下、単に南海通商という。)の代表取締役松浦幸三(以下、単に松浦という。)から沖繩産の塩蔵加工モズクの取引を勧められたので、現地の市況を確認する目的で昭和五二年二月上旬ごろ松浦とともに沖繩本島を経由して石垣島に赴いたが、その途中那覇市内において松浦から、南海通商と共同して生モズクの買付け集荷に当たる人物として被告両名を紹介された。

(二)  丸山は、同年三月二日単身で宮古島に赴き、平良市漁業協同組合の幹部と面接して市況を尋ねたのち、同月三日那覇市に立寄り、投宿先の那覇東急ホテルから松浦に電話連絡したところ、松浦は同夜被告両名を連れて同ホテルに丸山を訪れ、同ホテルのロビーにおいて丸山に対し、「南海通商は今回の取引から抜けるが、被告らは取引をしたいと言つているので、被告らと直接取引してもらいたい。被告銘苅は人柄は良いが資産の裏付けがない。その点被告宮城はしつかりしているから、二人が組めば大丈夫だ。」と告げ、被告両名をその場に残して立ち去つた。

(三)  丸山は、その場で被告両名に対し宮古島における加工モズクの市況を説明したが、これに対し被告銘苅から「商売になるから、やりましよう。」という返事があつたので、被告宮城に向かつて「あなたも加わつてくれれば取引をしてもいいのだが。」と同被告の意向を打診したところ、被告宮城は「もちろん一緒です。」と答えた。そこで丸山は被告両名と取引価格、数量その他の取引条件について協議したが、その際被告らは丸山に対し、被告銘苅が石垣島に渡つて生モズクの買付け集荷を行い、被告宮城が沖繩本島において塩、石油罐その他の加工・包装資材の調達を担当する旨、各自の業務分担を説明したうえ、右資材の購入費用にあてるための資金を前渡ししてほしい旨要求した。

(四)  右要求を受けた丸山は、同ホテル新館四階の自己の宿泊中の部屋に被告両名を招じ入れ、被告両名に対し前渡金を交付したが、甲第二号証の受領書は、その際作成されたものであつて、文書の標題、あて先及び本文は被告銘苅が手書したもの、同号証の末尾に記載の被告両名の住所氏名は、それぞれ、被告銘苅と被告宮城が自署したものである。なお、その際被告らは今後の連絡先として、被告銘苅は自己の実兄方の電話番号を、被告宮城は自宅の電話番号を丸山に告げて書き取らせた。

(五)  右前渡金の授受が済んだのち、丸山と被告両名は先に協議した取引条件を成文化すべく右の部屋内で契約書の文案を練り、草稿を作成したが、被告らは印章を持ち合わせていなかつたため、後日右草稿を清書したうえ同書面に各自調印して原告会社あて送付することを約して同ホテルを辞去した。しかし、被告銘苅は、翌朝にも丸山に契約書を届けようと考え、被告宮城の運転する乗用自動車に同乗して帰宅する途中で被告宮城に対し右の考えを告げるとともに明朝も右乗用自動車に同乗させてもらいたい旨依頼し、被告宮城はこれを了承した。

(六)  被告銘苅は、同夜帰宅後直ちに前記契約書草稿を清書して誓約書と題する書面(甲第一号証)を作成し、その末尾に被告両名の住所氏名を記載し、自己の名下に押印したうえ、翌三月四日朝被告宮城の運転する乗用車に同乗して右誓約書を丸山のもとに届けるべく出発したが、被告宮城が印章を所持していないため右誓約書に押印することができないので、被告銘苅は、被告宮城とともに途中の文房具店に立寄り、宮城と刻した印章を購入し、右印章を甲第一号証の被告宮城の名下に押捺した。しかし、丸山は既に帰京の途についていたため、被告銘苅は甲第一号証を丸山に渡すことができず、これを後日原告会社あて郵送した。

以上に認定した事実によれば、甲第二号証が被告両名の意思に基づいて作成されたものであることは明らかである。また、甲第一号証については、被告銘苅関係部分が同被告によつて作成されたものであることは前叙のとおりであるし、上来認定の一連の事実に照らすと、被告宮城関係部分も同被告の黙示の承諾のもとに被告銘苅において署名押印を代行したものと推認するのが相当であるから、結局、同号証は被告宮城関係部分も含めて全部真正に成立したものということができる。

〈証拠〉中、以上の認定・判断に抵触する部分は上記認定に供した各証拠と対比すれば信用しがたく、他に右認定・判断を左右すべき証拠はない。

2  前項において判示したとおり全部真正に成立したものと認められる甲第一、二号証に〈証拠〉を合わせると、原告代表者丸山と被告両名との間で昭和五二年三月三日、原告を買主とし被告両名を売主として沖繩産モズクの塩蔵加工品五、〇〇〇罐(一罐一八キログラム入り)につき代金二、〇三〇万円(一罐当り石垣港渡し価格四、〇六〇円)、引渡期日昭和五二年四月二〇日、引渡場所千葉県浦安町柏原運送浦安倉庫とする本件売買契約が成立し、丸山は、同日被告両名に対し売買代金の内金として金五二〇万円を支払つたうえ、残金は目的物の引渡完了と同時に支払うことを被告らと合意した事実を認めるに十分である(右事実のうち被告銘苅に関する部分については原告と同被告との間で争いがない。)。〈証拠〉中には、本件売買契約における売主は被告銘苅のみであつて、被告宮城は、原告から被告銘苅に対する前渡金の授受につき立会人として甲第二号証の受領書に署名したのにすぎず、本件売買契約の当事者でない旨の記載ないし供述部分があるけれども、右は前認定に供した証拠に照らせばたやすく信用することができず、他に前認定を覆えすに足りる証拠はない。

二原告が被告らから右認定の売買契約上の債務の一部履行として昭和五二年四月一〇日加工モズク三九〇罐(代金合計一五八万三、四〇〇円相当)の送付引渡を受けたことは原告の自認するところであるが、〈証拠〉を総合すると、原告は昭和五二年一二月二二日付け内容証明郵便をもつて被告両名に対し、原告は残代金の支払の準備をしているので右書面到達後一週間以内に引渡未了分の加工モズク四、六一〇罐を石垣港から前記干葉県浦安町の約定引渡場所にあてて船積みされたい旨催告するとともに、もし右催告期限までに船積みがなされないときは本件加工モズクの売買のうち引渡未了の四、六一〇罐分について契約を解除する旨の停止条件付契約解除の意思表示を発したこと、右内容証明郵便は、被告銘苅に対しては同月二四日(甲第四号証の二のうち53年とあるのは52年の誤記と認める。)に到達し、被告宮城にあてた分は同月二八日同被告方の近隣に居住する同被告と同姓同名の訴外人方に誤つて配達されたが、そのころ右訴外人から被告宮城方に届けられ、同被告は遅くとも同月三〇日までにはその内容を了知したことが認められる。したがつて、右催告兼停止条件付契約解除の意思表示は同月三〇日までには同被告に到達したものということができる。もつとも前掲証拠によると、被告宮城は、右内容証明郵便を一読したのち、かような催告を受けるべき筋合いはないとして同月三〇日に右郵便物を浦添郵便局に返戻し、同郵便局は受取人受領拒絶を理由としてこれを差出人である原告代理人石田弁護士方に還付した事実が認められるけれども、かかる事実は前記意思表示の到達の効果に消長をきたすものではない。

三そこで、被告らの抗弁について判断する。

1  被告らは、本件売買契約の成立当時加工モズク一罐当たりの製造原価は三、六五二円であつたので、右の事情を基礎として一罐当たりの売買価格を四、〇六〇円と約定したものであるところ、その後生モズクの産地である石垣島において漁業協同組合が生モズクの取引方法を規制し、個々の組合員が直接加工業者と取引することを禁止したため、生モズクの価格が高騰し、従来一キログラム当たり一三〇円で入手可能であつたのが本件売買契約成立後は一キログラム当たり二五〇円ないし三〇〇円の高値で取引され、加工モズクの市場価格も一罐当たり六、五〇〇円に上昇したが、これは、契約当事者が全く予見せず、かつ予見し得なかつた著しい事情の変更に該当するので、信義則上、契約内容の改正請求権又は契約解除権の発生原因となる旨主張する。

右主張事実のうち、本件売買契約成立後、石垣漁業協同組合において生モズクの取引方法につき被告らの主張するような規制が行われるに至つたこと及びその後生モズクの価格が騰貴したことは原告の明らかに争わないところであるが、もし被告ら主張のように生モズクの価格が従来の二倍ないし二倍半に高騰したとすれば、右の価格騰貴が専ら生モズクの取引方法の変更に基因するものとはにわかに考えがたく(もとより本件において両者の間の因果関係を証明する証拠はない。)、むしろ加工業者又は仲買人の投機的な買占めに基因するものと考えるのが自然であると思料される。

ところで、一般に海産物の多くは毎年の漁獲量が一定していないうえ、商社等による思惑買いの対象となりやすく、海産物又はその加工品の価格は自然的な需給関係のほか人為的な操作によつても左右され、短期間のうちに大きく変動することがあるのは往々にして見受けられるところであるから、本件においても、原告及び被告らは、生モズク及び加工モズクの市況が契約締結時から約定履行期限までの間終始一定不変というわけではなく、ある程度変動することがあるのを予期したうえ、右のような事情を取引の基礎として本件売買契約を締結したもの、と解するのが相当である。そして、海産物の有する前叙のような価格形成上の特質にかんがみると、生モズクの価格が契約締結後従来の価格の二倍ないし二倍半に騰貴したとしても、それは通常人の予想を絶した事情の変更であると認めることはできない。

したがつて、本件売買契約には、その取引の基礎に当事者の予見し得なかつた著しい事情の変更が生じたものということができないから、被告らの抗弁はその前提を欠くものであつて、既にこの点において排斥を免れない。

2  被告宮城は、原告と被告銘苅との間において昭和五三年一月七日より前に、引渡未了の加工モズク四、六一〇罐につき次の採取時期に採取された生モズクを原料とする製品をもつて履行する旨の合意がなされた旨主張し、〈証拠〉中には右主張に添うような供述部分があるけれども、右供述部分は抽象的に過ぎるうえ日時その他の点についてもあいまいであつてにわかに信用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。それゆえ、被告宮城の右抗弁も理由がない。

四そうすると、被告らの債務不履行を理由とする原告の本件売買契約解除の意思表示は適法にその効力を生じたものというべく、本件売買契約中引渡未了の四、六一〇罐分は被告両名に対する催告の到達した日(遅い方の被告宮城に対する到達日を基準とする。)から七日の催告期間の満了した昭和五三年一月六日の経過とともに解除されたものであり、被告らは契約解除に伴う原状回復義務を負担するほか、被告両名の債務不履行により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

五そこで損害賠償の範囲及びその数額について検討する。

1  前述のように原告は海産物等の食品の卸売を業とする株式会社であり(右の事実は原告と被告銘苅との間においては争いがない。)、〈証拠〉によれば、原告は本件加工モズクを転売する目的で被告らとの間に本件売買契約を締結したのであるが、当時被告らは原告会社の営業目的を知つていたことが認められ、右認定事実に徴すると、被告らは本件売買契約締結当時から原告が売買の目的物である加工モズクを転売するであろうことを予見していたものと推認するのが相当である。

2  〈証拠〉を総合すると、原告は被告らの債務不履行がなかつたならば本件モズクを東京方面の市場において一罐当たり少なくとも七、二〇〇円で転売することができ、右転売に要する諸費用を控除した後の一罐当たりの手取額は少なくとも六、七四〇円五〇銭となり、右金額から被告らからの買入価格四、〇六〇円と石垣港からの運賃及び倉庫料その他の経費六五〇円を控除すると、一罐当たり少なくとも二、〇三〇円五〇銭、四、六一〇罐分で合計金九三六万〇六〇五円の利益を挙げ得たであろうことがうかがわれる。したがつて、右金額が被告らの債務不履行によつて原告の被つた損害額であるということができる。しかしながら、原告主張の損害額中右認定の金額を超える部分については、これを認めるに足りる的確な証拠がない。

六なお、被告らが海産物の販売を業とする者であるとの原告主張事実は、これを認め得る証拠がないけれども、本件売買契約は被告らが沖繩産の生モズクを買付け、これを塩蔵処理したうえ原告に売渡すことを内容とするものであり、塩蔵処理は単に生モズクに保存性を付与する目的で施すもので、処理の前後を通じてモズク自体の形状には変化がないことが〈証拠〉に徴して明らかであるから、本件売買契約は被告らにとつて商法五〇一条二号所定の絶対的商行為である「他人ヨリ取得スベキ動産ノ供給契約」に該当し、被告らの同契約上の債務不履行による損害賠償債務及び契約解除に伴う売買代金返還債務は、商法五一一条一項の規定により連帯債務の関係に立つものと解すべきである。

七以上に説示したとおりであつて、原告の本訴請求は、前記損害賠償金九三六万〇六〇五円及び売買契約の一部解除に伴う原状回復として売買代金内金前渡分五二〇万円から引渡履行ずみの加工モズク三九〇罐分の代金一五八万三、四〇〇円を控除した残金三六一万六、六〇〇円の合計額である金一、二九七万七、二〇五円並びにこれに対する連帯債務者の一人である被告宮城に対し本件訴状が送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和五三年五月二一日から完済まで年六分の商事法定利率による遅延損害金の連帯支払を求める限度において、正当として認容すべきであるが、これを超える部分は失当として棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(近藤浩武)

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